こんにちは。体で感じる解剖学、講師の稲田です。
スポーツ科学では、ヒトの動作を分析して「こうなっている」という事実を示します。
けれども実際に動作を実践している本人にとっては、自分がどのような動きをしているのかというのは実はわからないものです。
これは運動指導の現場においても、先生が生徒さんの動きを見て、肩が前に上がっているとか、骨盤が後ろに倒れているとかの指導をされると思います。
そうすることで、第三者の立場から客観的に見た情報を伝え、生徒さんの「頭の理解」を促すことになりますね。
しかし、スポーツの実践の場やヨガ・ピラティスを含めたムーブメントの場では、分析した動きをそのまま実践しようとすれば大概の場合うまくいきません。
先日、サッカーの指導をされているトレーナーさんのお話を聞く機会がありました。
その中でおもしろい話があって、ある時期ボールを蹴る動作について、「膝をボールにかぶせるように蹴る」という指導が流行ったことがあるそうです。
それで、さきほどのような指導言語を使って、「膝をボールにかぶせるように蹴るんだ!」と指導したところなかなかうまく蹴れるようにならない。
今までちゃんと蹴れていた者まで、反ってうまく蹴れなくなってしまった。
それで、このトレーナーは、これはおかしいと思っていろいろと思索した結果、あることに思い当たったそうです。
これは、人が見ている動作を意識してまねようとするからうまく蹴れないのであって、実際の自分の感覚を探ってみたらどうだろうと体感覚に聴いて蹴ってみたところ、「ボールの裏側を見るようなつもりで蹴ってみる」と違和感なく蹴ることができたそうです。
関西大学人間健康学部教授の小田伸午先生は、著書『一流選手の動きはなぜ美しいのか』の中で、これと同じことを「主観と客観のずれ」という考え方で表現されています。
世界のトップスプリンターは、着地直後に、膝の角度がやや曲がったままキープされ、地面から離れる寸前に、さらに曲がっていくという研究データがあります。
ここまでは科学の世界です。
ここから先は、走る人の感覚の世界になります。・・・
膝が曲がるというのは観察された動きであって、走るときの感覚ではありません。・・・
目視による観察結果や、スポーツ科学の研究手法により分析結果として出てくる知見は、そうなっているという結果です。・・・
結果を修正しようとして結果を意識しても、目標とする動作結果は得られません。
目に見える動作を変えるには、目に見えない感覚を変えるのです。
そして、その感覚というのは自分独自のもので、誰にでも当てはまるものではないですね。
動作感覚の答えは一つではないということです。
だからこそ個性が発露されるんですよね。
アドバイスを受ける時も、その話が動作原理の話なのか、動作の実践感覚の話なのかを分けて考えるようにするといいですね。
客観的な動作原理の話なら、それを自分の動作感覚に置き換えて考えてみればいいし、実践感覚の話なら、その感覚が自分に合うかどうかを確かめればいいんです。
逆に指導する場合は、万人に当てはまる動作感覚などはないということを前提に、いろんなイメジェリーの引き出しを持っておくと相手に伝える時の応用範囲が広がります。
視覚や聴覚・体感覚を使い、数字や比喩、骨モデルなどを使いながら生徒さんにジャストフィットする感覚を探しながら指導できるといいですね。